無限積の理論シリーズ第15回。前回は大きく分けて2種類の無限積を級数展開することで、無限積が分割の個数の母関数になることを示しました。今回はその応用として「オイラーの分割恒等式」を紹介した後、より一般化した無限積について議論します。今回もやはり「分割」がカギとなります。
前回はこちら:
$\mathcal{A}\subset\NN$ に対して、次が成り立ちます。
$|z|<1$ とする。\begin{eqnarray}Q_{\mathcal{A}}(z):=\prod_{n\in\mathcal{A}}(1+z^n)&=&1+\sum_{m=1}^\infty q_{\mathcal{A}}(m)z^m\tag{1}\\P_{\mathcal{A}}(z):=\prod_{n\in\mathcal{A}}\frac{1}{1-z^n}&=&1+\sum_{m=1}^\infty p_{\mathcal{A}}(m)z^m\tag{2}\end{eqnarray}$q_{\mathcal{A}}(m)$ は $m$ を $\mathcal{A}$ の要素を成分として異分割できる方法の数。$p_{\mathcal{A}}(m)$ は $m$ を $\mathcal{A}$ の要素を成分として常分割できる方法の数。
異分割は重複を許さない分割で、常分割は重複を許します。基本的に単に「分割」といえば重複を許すのですが、ややこしいので「常(ordinary)」を附しておきます。特に $\mathcal{A}=\NN$ なら $p_{\mathcal{A}}(m)=p(m)$ であり、$p(m)$ は分割数です。
定理15.1のように無限積が分割の個数の母関数であることから、数論的な事実を得ることができます。その1つがオイラーの分割恒等式です。$\mathcal{A}=\NN$ のときの(1)は\begin{equation}\prod_{n=1}^\infty(1+z^n)=1+\sum_{m=1}^\infty q_{\NN}(m)z^m\tag{3}\end{equation}また $\mathcal{A}$ を奇数のみの集合としたときの(2)は\begin{equation}\prod_{n=1}^\infty\frac{1}{1-z^{2n-1}}=1+\sum_{m=1}^\infty p_{\mathrm{odd}}(m)z^m\tag{4}\end{equation}ここで\begin{eqnarray*}(3) &=& \prod_{n=1}^\infty\frac{1-z^{2n}}{1-z^n} \\&=& \frac{\prod_{n=1}^\infty(1-z^{2n})}{\prod_{n=1}^\infty(1-z^{n})} \\&=& \prod_{n=1}^\infty\frac{1}{1-z^{2n-1}}=(4)\end{eqnarray*}\begin{equation}\therefore\quad p_{\mathrm{odd}}(m)=q_{\NN}(m)\tag{5}\end{equation}これを文章にすると次のようになります。
任意の自然数 $m$ を「自然数に異分割する方法の数」と「奇数に常分割する方法の数」は等しい。
定理15.1については前回詳しく見ました。ここではその符号を変えて\begin{eqnarray}\tilde{Q}_{\mathcal{A}}(z):=\prod_{n\in\mathcal{A}}(1-z^n)&=&1+\sum_{m=1}^\infty \tilde{q}_{\mathcal{A}}(m)z^m\tag{6}\\\tilde{P}_{\mathcal{A}}(z):=\prod_{n\in\mathcal{A}}\frac{1}{1+z^n}&=&1+\sum_{m=1}^\infty \tilde{p}_{\mathcal{A}}(m)z^m\tag{7}\end{eqnarray}を考えましょう。
異分割のケース
まずは(6)から。簡単な場合として $\mathcal{A}=\NN$ とすると\begin{equation}\prod_{n=1}^\infty(1-z^n)=1+\sum_{m=1}^\infty \tilde{q}_{\NN}(m)z^m\tag{8}\end{equation}係数 $\tilde{q}_{\NN}(m)$ を五角数を用いて表す有名な定理がありますが、それは次回以降の記事で。無限積を実際に展開してみると、\begin{eqnarray*}&&(1-z)(1-z^2)(1-z^3)(1-z^4)\cdots\\&=&1-z-z^2+z^5+z^7-z^{12}-\cdots\end{eqnarray*}例えば5次なら$$(-z)(-z^4)+(-z^2)(-z^3)+(-z^5)=z^5$$なので $\tilde{q}_{\NN}(5)=1$ となります。これは $5$ の3通りの異分割 $[1+4]$ , $[2+3]$ , $[5]$ について、成分が偶数個なら正(1通り)、奇数個なら負(-1通り)としてカウントすることに相当します。 $6$ 次なら、$6$ の異分割 $[6]$ , $[1+5]$ , $[2+4]$ , $[1+2+3]$ では成分が偶数個の場合が2通り、奇数個の場合が2通りなので、係数 $\tilde{q}_{\NN}(6)=2-2=0$ です。 練習として $7$ の分割を考え、$\tilde{q}_{\NN}(7)=1$ を確かめてください。したがって\begin{equation}\tilde{q}_{\NN}(m)=A_e(m)-A_o(m)\tag{9}\end{equation}ただし $A_e(m)$ は $m$ の異分割で偶数個の成分をもつ場合の数、$A_o(m)$ は $m$ の異分割で奇数個の成分をもつ場合の数です。
では一般の(6)について。(6)において$$\mathcal{A}=\{a_n| n\in\NN ,\; a_1<a_2<a_3\cdots\}$$とします。例えば $a_n=2^n$ とか素数の列 $\{p_n\}$ などを考えればOKです。$$\tilde{Q}_{\mathcal{A}}(z)=\prod_{n=1}^\infty(1-z^{a_n})=1+\sum_{m=1}^\infty \tilde{q}_{\mathcal{A}}(m)z^m$$無限積を書き出すと$$(1-z^{a_1})(1-z^{a_2})(1-z^{a_3})(1-z^{a_4})\cdots$$このとき $m$ 次の係数は、$m$ を $\mathcal{A}$ の要素によって異分割するときの、「偶数個の成分をもつ場合の数 ー 奇数個の成分をもつ場合の数」となっています。これを記号で $A^*_e(m;\mathcal{A})-A^*_o(m;\mathcal{A})$ とでも書きましょう。すると
$$\prod_{n\in\mathcal{A}}(1-z^{n})=1+\sum_{m=1}^\infty \{A^*_e(m;\mathcal{A})-A^*_o(m;\mathcal{A})\}z^m$$
常分割のケース
次に(7)を見てみましょう。簡単な例として $\mathcal{A}=\NN$ とすると\begin{equation}\prod_{n=1}^\infty\frac{1}{1+z^n}=1+\sum_{m=1}^\infty \tilde{p}_{\NN}(m)z^m\tag{10}\end{equation}無限積を展開すると$$(1-z+z^2-\cdots)(1-z^2+z^4-\cdots)(1-z^3+z^6-\cdots)\cdots$$どのような分割を考えるのか、前回記事を踏まえていれば、ピンときます。書き方を少し変えて$$(1-z^1+z^{1+1}-z^{1+1+1}+\cdots)(1-z^2+z^{2+2}-\cdots)(1-z^3+z^{3+3}-\cdots)\cdots$$展開してできる4次の項は $z^{1+1+1+1}$ , $z^{1+1}(-z^2)$ , $z^{2+2}$ , $(-z^1)(-z^3)$ , $-z^4$ の5つを足して $+z^4$ です。つまり $\tilde{p}_{\NN}(4)=1$ です。これは $4$ の5通りの常分割 $[1+1+1+1]$ , $[1+1+2]$ , $[2+2]$ , $[1+3]$ , $[4]$ について、成分が偶数個なら正(1通り)、奇数個なら負(-1通り)としてカウントすることに相当します。
一般の $\mathcal{A}$ のとき、つまり(7)でも、定理15.3と全く同様に考えます。$m$ 次の係数は、$m$ を $\mathcal{A}$ の要素によって常分割するときの、「偶数個の成分をもつ場合の数 ー 奇数個の成分をもつ場合の数」となっています。これを記号で $A_e(m;\mathcal{A})-A_o(m;\mathcal{A})$ とでも書きましょう。すると
$$\prod_{n\in\mathcal{A}}\frac{1}{1+z^{n}}=1+\sum_{m=1}^\infty \{A_e(m;\mathcal{A})-A_o(m;\mathcal{A})\}z^m$$
定理15.1、15.3、15.4をまとめると
\begin{eqnarray}\prod_{n\in\mathcal{A}}\frac{1}{1-z^n}&=&1+\sum_{m=1}^\infty p_{\mathcal{A}}(m)z^m\\\prod_{n\in\mathcal{A}}(1+z^n)&=&1+\sum_{m=1}^\infty q_{\mathcal{A}}(m)z^m\\\prod_{n\in\mathcal{A}}\frac{1}{1+z^{n}}&=&1+\sum_{m=1}^\infty \tilde{p}_{\mathcal{A}}(m)z^m\\\prod_{n\in\mathcal{A}}(1-z^{n})&=&1+\sum_{m=1}^\infty \tilde{q}_{\mathcal{A}}(m)z^m\end{eqnarray}それぞれの右辺の係数は $m$ の、$\mathcal{A}$ における分割の方法の数を考える。
$p_{\mathcal{A}}$ | 常分割 | 分割の方法の数 |
$q_{\mathcal{A}}$ | 異分割 | 分割の方法の数 |
$\tilde{p}_{\mathcal{A}}$ | 常分割 | 成分が偶数個の分割の方法の数 - 奇数個の分割の方法の数 |
$\tilde{q}_{\mathcal{A}}$ | 異分割 | 成分が偶数個の分割の方法の数 - 奇数個の分割の方法の数 |
上の表で、上2行は「成分が偶数個の分割の方法の数 + 奇数個の分割の方法の数」とも書けますね。
$\mathcal{A}=\{2^n|n\in\ZZ_{\ge 0}\}$ として、$$\prod_{n\in\mathcal{A}}(1-z^{n})=1+\sum_{m=1}^\infty \tilde{q}_{\mathcal{A}}(m)z^m$$の係数を、可能な限り高次まで分割により計算せよ。
$$(1-z)(1-z^2)(1-z^4)(1-z^8)\cdots$$次のように $m$ の異分割を書く。\begin{eqnarray*}1 &\to& [1] \\ 2 &\to& [2] \\ 3 &\to& [1+2]\\ 4 &\to& [4]\\ 5&\to&[1+4]\\ 6&\to& [2+4]\\7&\to&[1+2+4]\end{eqnarray*}これは2進表記に対応する。任意の自然数は1通りの2進表記をもつので、分割は1通りである。よって成分が偶数個なら係数は $+1$、奇数個なら $-1$ である。よって$$=1-z-z^2+z^3-z^4+z^5+z^6-z^7-z^8+z^9+z^{10}-\cdots$$
$\mathcal{A}=\{2^n|n\in\ZZ_{\ge 0}\}$ として、$$\prod_{n\in\mathcal{A}}\frac{1}{1+z^{n}}=1+\sum_{m=1}^\infty \tilde{p}_{\mathcal{A}}(m)z^m$$の係数を、可能な限り高次まで分割により計算せよ。
左辺は$$\prod_{n=0}^\infty\frac{1}{1+z^{2^n}}=\prod_{n=0}^\infty\sum_{k=0}^\infty (-z^{2^n})^k$$なので$$(1-z+z^2-\cdots)(1-z^2+z^4-\cdots)(1-z^4+z^8\cdots)\cdots$$あるいは$$(1-z^{1}+z^{1+1}-\cdots)(1-z^2+z^{2+2}-\cdots)(1-z^4+z^{4+4}\cdots)\cdots$$$\mathcal{A}$ における常分割は\begin{eqnarray*}1 &\to& [1] \\ 2 &\to& [2],[1+1] \\ 3 &\to& [1+2],[1+1+1]\\ 4 &\to& [4],[2+2],[1+1+2],[1+1+1+1]\\ 5&\to&[1+4],[1+2+2],[1+1+1+2],[1+1+1+1+1]\\ 6&\to& [2+4],[1+1+4],[2+2+2],[1+1+2+2],[1+1+1+1+2],[1+1+1+1+1+1]\end{eqnarray*}よって展開式は$$1-z$$
$$\prod_{n=1}^\infty(1-z^n)=1-z-\sum_{k=2}^\infty z^k\prod_{j=1}^{k-1}(1-z^j)$$
数学的帰納法により容易に得られます。
次回はこちら:
無限積だけで1冊の本。入門からスタートするので安心です。第1章で級数のおさらいもあります。
[2] Apostol, T. M. (1976). Introduction to analytic number Theory. Springer.数論の入門として名高い本。
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