無限積の理論シリーズ第8回。今回は任意の整関数($\CC$ 上正則関数)を「因数分解」すなわち無限積で表示する理論と具体的方法を紹介します。ワイエルシュトラスの因数分解定理によります。
前回はこちら:
【7】関数列の無限積における具体例(ヴィエトの公式・ゼータ関数)
もくじ
全平面で正則(微分可能・テイラー展開可能)な関数を整関数といいます。もっともなじみの深いものは多項式であり、$n$ 次多項式は $n$ 個の因数の積で表されます。$$例\quad z^2+1=(z+i)(z-i)$$つまり多項式は因数分解可能です。
関数の因数分解というのは、関数がもつ零点 $\lambda$ としたときに $z-\lambda$ でくくりだすことです。多項式の場合は、すべての零点をくくりだせばあとは定数倍しか残りません。すなわち$$f(z)=a(z-\lambda_1)(z-\lambda_2)\cdots(z-\lambda_n)$$となります。なお零点が2位以上の場合は(重根以上の場合は)、位数の回数だけ同じ $\lambda_k$ を登場させればよいです。
本記事ではこの因数分解を一般化します。例えば前回で見たように\begin{equation}\sin z = z\prod_{n=1}^\infty\left(1-\frac{z^2}{n^2\pi^2}\right)\tag{1}\end{equation}は $\sin z$ の零点 $z=n\pi$ $(n\in\ZZ)$ すべてを、多項式でやったようにくくりだした式になっています。この表示を見れば、すべての零点とその位数、およびほかに零点がないことが確認できます。
このようなことが任意の整関数で可能であることを証明し、実際にその関数を無限積表示する方法を見ていきましょう。
徐々にステップアップしていくため、整関数 $f$ を簡単なものから分類していきます。以後、関数 $f$ は恒等的にゼロでない整関数とします。
① 零点がない
② 零点の数が有限 $\{\lambda_1,\lambda_2,\cdots\lambda_n\}$
③ 零点の数が無限 $\{\lambda_1,\lambda_2,\cdots\}$ で $|\lambda_n|\to\infty$
定数でない多項式は②に分類されます。$\sin z$ は③です。③で極限の条件がついています。もし $\lambda_n$ が $\lambda$ に収束すると $\lambda$ が集合 $\{\lambda_n\}_{n=1}^\infty$ の集積点になってしまい、$f\equiv 0$ となるので[4]、それを避けるためです。
①をみたす $f(z)$ について、少し妙に思えますが、次の定理を導入します。
①の関数 $f$ について、整関数 $g$ が存在して $f(z)=e^{g(z)}$ とできる。
【証明】零点がないので $f'/f$ も整関数。よって $f'/f$ はある整関数 $g(z)$ の導関数となっている。計算すれば$$\left(f(z)e^{-g(z)}\right)'=0\Longrightarrow f(z)=Ce^{g(z)}$$定数 $C$ は $g(z)$ のなかへ繰り込んで$$f(z)=e^{g(z)}$$【証明終】
そもそも零点をもたない関数は因数分解の対象ではないのですが、後へ続く定理たちのためです。
②をみたす $f(z)$ について、やはり妙な形の表示を導入します。
②の関数 $f$ について、$0$ でない零点を $\{\lambda_k\}_{k=1}^n$ とする。このとき整関数 $g$ と非負整数 $m$ が存在して$$f(z)=z^m e^{g(z)}\prod_{k=1}^n\left(1-\frac{z}{\lambda_k}\right)$$とかける。
証明は不要ですが補足します。$\prod$ の中に入れる零点はノンゼロのものだけで、$z=0$ に $m$ 位の零点がある場合は単に $z^m$ をアタマにつけます。冗長に思えますが、零点をもたない整関数 $e^g$ を附しています(より一般的な理論のため)。なお、零点が2位以上の場合は、位数の回数だけ同じ $\lambda_k$ を登場させます。以後、ずっとそうします。
基本的な考え方
③の関数を因数分解するとなると、無限積になります。無限積の場合は収束性が問題になります。例えば零点が $\lambda_n=n$ , $(n\in\NN)$ とします。ここで安直に$$\prod_{n=1}^\infty (z-n)$$なる無限積を作っても、任意の $z$ で発散して使い物になりません。では$$\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{n}\right)$$ならどうでしょう。これも $\sum\left|\frac{z}{n}\right|$ が発散するので、やはり発散します(定理2.3)。
これへの対処として"scaling factor" $e^{z/n}$ をかけます。"convergence factor"ともいうらしいです。つまり\begin{equation}\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{n}\right)e^{\frac{z}{n}}\tag{2}\end{equation}これは広義一様収束します。というのも、定理4.1を導出した際に得た式から$$\left|\log\left\{\left(1-\frac{z}{n}\right)e^{\frac{z}{n}}\right\}\right|=\left|\log\left\{\left(1-\frac{z}{n}\right)\right\}+\frac{z}{n}\right|\le\left|\frac{z}{n}\right|^2\quad,\quad\left|\frac{z}{n}\right|\le\frac{1}{2}$$$|z|\le R$ とすると $N\ge 2R$ なる自然数 $N$ をとれば $\forall n\ge N$ で $|z/n|\le 1/2$ を満たします。このとき$$\sum_{n=N}^\infty\left|\log\left\{\left(1-\frac{z}{n}\right)e^{\frac{z}{n}}\right\}\right|\le\sum_{n=N}^\infty\frac{R^2}{n^2}<R^2\zeta(2)<+\infty$$$R$ は任意でしたのでこの級数は広義一様収束します。よって(2)も広義一様収束します。(2)は整関数で $z=1,2,3\cdots$ に1位の零点をもちます。
零点の列の発散具合とscaling factor
この話をもう少し一般化しましょう。スタートは③の零点を用いて\begin{equation}\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{\lambda_n}\right)\tag{3}\end{equation}とします($\lambda_k\neq 0$)。先ほどのように対数をとって展開すると、$\sum\frac{1}{|\lambda_n|}$ が収束すれば(3)も収束することが分かります。しかし $\sum\frac{1}{|\lambda_n|}$ が発散する場合は(3)も発散するため、scaling factorを要します。
$\sum\frac{1}{|\lambda_n|}$ は発散するけど $\sum\frac{1}{|\lambda_n|^2}$ は収束する場合、\begin{equation}\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{\lambda_n}\right)e^{\frac{z}{\lambda_n}}\tag{4}\end{equation}なる積をつくれば収束します。これも先ほどと全く同じ計算・評価をすれば確認できますが、収束する理由は、対数の展開式の項が1つ多く打ち消されるからです。
ということは $\sum\frac{1}{|\lambda_n|}$ と $\sum\frac{1}{|\lambda_n|^2}$ は発散するけど $\sum\frac{1}{|\lambda_n|^3}$ が収束する場合、対数の展開した項がさらに1つ消えるためには\begin{equation}\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{\lambda_n}\right)e^{\frac{z}{\lambda_n}+\frac{z^2}{2\lambda_n^{~2}}}\tag{5}\end{equation}とすればよいです。計算してみれば(5)は収束することが分かります。
$|\lambda_n|\to\infty$ の発散が遅いほど、scaling factorはたくさん必要になります。結局、次のようにまとめられます。
$$\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{|\lambda_n|}\;,\;\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{|\lambda_n|^2},\cdots\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{|\lambda_n|^N}$$が発散して$$\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{|\lambda_n|^{N+1}}$$が収束する場合$$\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{\lambda_n}\right)e^{\frac{z}{\lambda_n}+\frac{z^2}{2\lambda_n^{~2}}+\cdots\frac{z^N}{N\lambda_n^{~N}}}$$は広義一様収束する。
なお $|\lambda_n|$ が $\log$ のスピードで発散する場合には、いくらscaling factorを加えても定理8.3は成立しません。より一般的な議論が必要になります(後述の完全版)。
基本乗積と種数
例えば定理8.3で、より小さな $N$ で $\sum\frac{1}{|\lambda_n|^N}$ が収束するにもかかわらず、それよりも多くのscaling factorをおいても成立します。しかし、零点の条件を満たす整関数の存在を例示するにしては冗長です。条件に見合う最も小さな $N$ をとって定理8.3のようにつくられた無限積を、$\{\lambda_n\}$ に付随した基本乗積(canonical product)とよび、$N$ を基本乗積の種数(rank)といいます[1][2]。基本乗積は一意的に定まります[2]。
ワイエルシュトラスの因数分解定理(簡易版)
以上より、
定理8.3の条件を満たすゼロでない零点 $\{\lambda_n\}$、および $z=0$ に $m$ 位の零点をもつ整関数 $f$ が存在して$$f(z)=z^m e^{g(z)}\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{\lambda_n}\right)e^{\frac{z}{\lambda_n}+\frac{z^2}{2\lambda_n^{~2}}+\cdots\frac{z^N}{N\lambda_n^{~N}}}$$と書ける。
$z=0$ に零点がないならば $m=0$ とすればよいです。零点がない、あるいは有限個であれば積を打ち切ることにすると、定理8.1や8.2と同じ形になっています。$g(z)$ が多項式なら、この無限積は有限種数であるといい、$g(z)$ の次数と基本乗積の種数の大きい方を $f(z)$ の種数といいます[2]。
以下の事実を確認し、基本乗積をつくれ。
・$\lambda_n=n$ とすると、基本乗積の種数は $1$ である。
・$\lambda_n=\sqrt{n}$ とすると、基本乗積の種数は $2$ である。
・$\lambda_n=3^n$ とすると、基本乗積の種数は $0$ である。
種数の確認は定理8.3よりすぐにできる。基本乗積は\begin{eqnarray*}&&\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{n}\right)e^{\frac{z}{n}}\\&&\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{\sqrt{n}}\right)e^{\frac{z}{\sqrt{n}}+\frac{z^2}{2n}}\\&&\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{3^n}\right)\end{eqnarray*}
改めて $\sin z$ の因数分解(無限積表示)をやってみましょう。零点は $\pm n\pi$ および $0$ で、全て1位です。$\lambda_{2n-1}=n\pi$ , $\lambda_{2n}=-n\pi$ とします。すると$$\sum\frac{1}{|\lambda_n|}=+\infty\;,\;\sum\frac{1}{|\lambda_n|^2}<+\infty$$なので種数 $1$ の基本乗積から無限積をつくります。すなわち\begin{eqnarray*}\sin z &=& z e^{g(z)}\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{\lambda_n}\right)e^{\frac{z}{\lambda_n}} \\&=& ze^{g(z)}\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z}{n\pi}\right)e^{\frac{z}{n\pi}}\left(1+\frac{z}{n\pi}\right)e^{-\frac{z}{n\pi}} \\&=& ze^{g(z)}\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z^2}{n^2\pi^2}\right)\end{eqnarray*}ここで$$P_n(z):=ze^{g(z)}\prod_{k=1}^n\left(1-\frac{z^2}{k^2\pi^2}\right)\xrightarrow[]{n\to\infty}\sin z$$なる部分積 $P_n$ を定義すると、$P'_n(z)\to\cos z$ です。対数微分により$$\frac{P'_n(z)}{P_n(z)}=g'(z)+\frac{1}{z}+\sum_{k=1}^n\frac{2z}{z^2-k^2\pi^2}\xrightarrow[]{n\to\infty}g'(z)+\cot z$$よって $\cot z=g'(z)+\cot z$ となり、$g(z)=c$ となります。$$\therefore\quad\sin z=e^cz\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z^2}{n^2\pi^2}\right)$$両辺を $z$ で割って $z\to0$ とすると $c=0$ と分かります。従って$$\sin z=z\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z^2}{n^2\pi^2}\right)$$となります。
$\sinh z$ を無限積表示せよ。
$\lambda_{2n-1}=i\pi n$ , $\lambda_{2n}=-i\pi n$ として同様に計算すると$$\sinh z=z\prod_{n=1}^\infty \left(1+\frac{z^2}{n^2\pi^2}\right)$$
定理8.4は因数分解定理の特別な場合であって、実はもっと広く適用できる定理があります。次回、見ていきましょう。
無限積だけで1冊の本。入門からスタートするので安心です。第1章で級数のおさらいもあります。
[2]アールフォルス. (1982). 複素解析. 現代数学社.複素解析の超定番本です。
複素解析(Amazon) 複素解析(楽天ブックス) [3]Bak, J., & Newman, D. J. (2017). Complex analysis. Springer.
豊富な計算例があって、応用がききます。
Complex Analysis (Undergraduate Texts in Mathematics) (English Edition) [4] Wikipedia contributors. (2022, August 29). ワイエルシュトラスの因数分解定理. In Wikipedia. Retrieved 06:21, July 26, 2023
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