【1】無限積の定義と収束・発散

無限積の理論シリーズ第1回。無限積(無限乗積)の定義と、収束・発散の定義および収束する必要十分条件とその系を紹介。豊富な具体例もあります。

無限積とは

定義1.1

$a_n\in\CC$ に対して部分積(partial product) $P_n:=\displaystyle\prod_{k=1}^n a_k$ を定める。この極限を無限積(infinite product)といい、$$P=\prod_{n=1}^\infty a_n=\lim_{n\to\infty} P_n$$のように書く。

無限級数の掛け算バージョンといったところです。

後で解説しますが、わけあって部分積を $\displaystyle\prod_{k=1}^n (1+a_k)$ と定義することもあります。

無限積の収束・発散とは?

無限級数と同様、無限積にも収束と発散があります。

定義1.2

部分積の列 $\{ P_n\}$ について

(A) $P_n$ が発散するならば無限積は発散するという。
(B) $P_n$ が $0$ でない値に収束するならば、無限積は収束するという。
(C) $a_n$ が有限個の項で $0$ であるために $P_n$ が $0$ になるならば、無限積は $0$ に収束するという*。
(D) (C)とは異なる条件で $P_n\to 0$ となるならば、無限積は $0$ に発散するという。

* ただし、このときは有限個の $0$ を除いて残りの無限積を考えることにする。すると(A)(B)(D)のいずれかになる。以下、「収束」という場合は、断りない限り(B)のみを指す。(C)のケースであることをいう場合は「0に収束」と書いて区別する。

(D)のケースは級数にはなかったものです。これを発散と考えないと、これから紹介するいろいろな定理で面倒なことになります(後述)。また(C)の注釈について、例えば $a_n$ が関数 $f_n(z)$ のとき、その無限積(やはり関数)の零点を考えたいこともあり、$0$ を除かずに議論することもあります(第6回)。

入門の計算問題

定義1.2のどれにあたるかを意識しながらやってみましょう。ここではすべて $n\in\NN$ とします。

例題1.1

次の無限積を求めよ。

(1) $a_n =2^{-1/n^2}$
(2) $a_n=3^{-1/2^n}$
(3) $a_n=2^{-n}$

(1) $$P_n=\left(\frac{1}{2}\right)^{1+\frac{1}{4}+\frac{1}{9}+\cdots+\frac{1}{n^2}}$$よってゼータ関数を用いることで$$P=\left(\frac{1}{2}\right)^\frac{\pi^2}{6}$$(2)$$P_n=\left(\frac{1}{3}\right)^{\frac{1}{2}+\frac{1}{4}+\cdots+\frac{1}{2^n}}=\left(\frac{1}{3}\right)^{1-\frac{1}{2^n}}$$$$\therefore\quad P=\frac{1}{3}$$(3)$$P_n=\left(\frac{1}{2}\right)^{\frac{n(n+1)}{2}}\to 0$$よって ゼロに発散する。

無限積の積

定理1.3

$\displaystyle\prod_{n=1}^\infty a_n=A\neq 0$ , $\displaystyle\prod_{n=1}^\infty b_n=B\neq 0$ とき、$$\prod_{n=1}^\infty (a_nb_n)=AB\neq 0$$

【証明】\begin{eqnarray*}\prod_{n=1}^\infty (a_nb_n) &=& \lim_{n\to\infty}\prod_{k=1}^n (a_kb_k) = \lim_{n\to\infty}\left(\prod_{k=1}^n a_k\prod_{k=1}^n b_k\right)\\ &=& \prod_{n=1}^\infty a_k\prod_{n=1}^\infty b_k=AB\end{eqnarray*}【証明終】

収束の必要十分条件

ε論法による収束の条件

定理1.4

無限積 $\prod a_n$ が収束するための必要十分条件は\begin{equation}\forall\epsilon>0,\;\exists N\in\NN,\;\forall m,n\ge N,\;\left|\frac{P_m}{P_n}-1\right|<\epsilon\tag{☆}\end{equation}

【証明】無限積が収束するとすると $P_n\to P>0$ であるので $\exists N_1\in\NN$ , $\forall n\ge N_1$ に対して $|P_n|\ge K>0$ なる定数 $K$ がある。また収束する数列はコーシー列であることから$$\forall\epsilon>0,\;\exists N_2\in\NN,\;\forall m,n\ge N_2,\;\left|P_m-P_n\right|<\epsilon$$である。これらを合わせると $\forall m,n\ge\max(N_1,N_2)$ で$$\left|\frac{P_m}{P_n}-1\right|<\frac{\epsilon}{|P_n|}<\frac{\epsilon}{K}$$となる。

次に☆が成り立つ場合、特に$$\exists N_0\in\NN,\;\forall m> N_0,\;\left|\frac{P_m}{P_{N_0}}-1\right|<\frac{1}{2}$$とできる。よって$$\frac{1}{2}|P_{N_0}|<|P_m|<\frac{3}{2}|P_{N_0}|$$したがって$$\left|\frac{P_m}{P_n}-1\right|<\epsilon\Rightarrow |P_m-P_n|<\epsilon |P_n|<\frac{3}{2}\epsilon |P_{N_0}|$$が $\forall m,n\ge\max(N,N_0)$ で成立するので無限積は収束する。またこのとき $|P_m|>\frac{1}{2}|P_{N_0}|$ からその極限はゼロでないことが分かる。【証明終】

ここでも「収束」というのは非ゼロの極限値であることが前提であることを忘れないようにしましょう。定理1.4の☆を平易に言い換えると$$\lim_{m,n\to\infty}\frac{P_m}{P_n}=1$$となります。

ついでに、定理1.4で特に隣接する項に言及するなら、割と役立つ次の系を得ます。

系1.5

無限積 $\prod a_n$ が収束するならば$$\lim_{n\to\infty}a_n=1$$

【証明】定理1.4より無限積が収束するならば☆が成り立つが、特に $n=m-1$ としても成り立つので$$a_m=\frac{P_m}{P_{m-1}}\to 1$$【証明終】

「ゼロに発散する」と定義する理由

定義1.2で $P_n\to 0$ は発散ということにしておかないといけない理由がこのあたりで分かってきます。例えば $a_n=1/2$ なる数列の無限積を考えると $P_n\to 0$ です。これを「収束」に含めると定理1.4は破綻します。例えば$$\lim_{m\to\infty}\frac{P_m}{P_{m-1}}=\frac{1}{2}\neq 1$$となってしまいます。

負の項は有限個まで

定理1.4や系1.5から次がいえます。

系1.6

収束する無限積 $\prod a_n$において $\{a_n\}$ は有限個の負項を含んでよいが、無数の負項はもたない。

【証明】収束する無限積は系1.5を満たすが、無数の負項を持つと仮定すると、どんな自然数 $N$をとっても $a_n<0$ なる $n>N$ があるので$$|a_n-1|>1 $$よって系1.5に矛盾する。【証明終】

0の項も有限個まで

定義1.2の補足です。$\{a_n\}$ にゼロが含まれる場合、基本的にそれを除外して残った項で無限積を作り直します。ゼロの項が有限個であれば、ある自然数 $N$ が存在して任意の $n>N$ で $a_n\neq 0$ とできます。すなわち $\{a_n\}_{n>N}$ で定義1.2(C)を排除して収束性を議論することができるというわけです。ところが無数のゼロがあると、無限積の極限はどうしてもゼロになります。よってこのような無限積も考えません。

無限積のより標準的な表現

系1.5などから、無限積を次のように書き表しておくのが、より一般的です。

定義1.7

$a_n\in\CC$ に対して部分積 $P_n:=\displaystyle\prod_{k=1}^n (1+a_k)$ を定める。

級数 $\sum a_n$ と、収束性に関して密接な関係性を持つことからも、このように定義しなおします(次回以降に詳説)。もちろん定義1.1の表記も必要に応じて使用すればよいです。すると系1.5を修正すれば

系1.8

無限積 $\prod (1+a_n)$ が収束するならば$$\lim_{n\to\infty}a_n=0$$対偶をとれば
$\displaystyle\lim_{n\to\infty}a_n\neq0$ ならば無限積 $\prod (1+a_n)$ は発散する。

無限積の計算問題(少し応用)

例題1.2 線型性?

2つの無限積 $\displaystyle\prod_{n=1}^\infty a_n$ , $\displaystyle\prod_{n=1}^\infty b_n$ が収束するとき、$\displaystyle\prod_{n=1}^\infty (a_n+b_n)$ は収束するか。

系1.5より $a_n\to1$ , $b_n\to 1$ である。$a_n+b_n\to 2$ となるので系1.5の対偶から問題の無限積は発散する。

例題1.3

$P:=\displaystyle\prod_{n=1}^\infty 2^{\frac{n}{2^n}} $ を計算せよ。

$\sum_{n=0}^\infty x^n=\frac{1}{1-x}$ を微分して $\sum_{n=1}^\infty nx^{n-1}=\frac{1}{(1-x^2)}$ を得るので$$\sum_{n=1}^\infty \frac{n}{2^n}=2$$である。したがって$$P=\lim_{n\to\infty}2^{\sum_{k=1}^n\frac{k}{2^k}}=2^2=4$$

例題1.4

\begin{eqnarray*}P &:=& \prod_{n=2}^\infty \left(1-\frac{1}{n^2}\right) \\ Q &:=& \prod_{n=3}^\infty \left(1-\frac{4}{n^2}\right) \\R &:=& \prod_{n=4}^\infty \left(1-\frac{9}{n^2}\right) \\ Z &:=& \prod_{n=m+1}^\infty \left(1-\frac{m^2}{n^2}\right)=\frac{1}{\binom{2m}{m}}\end{eqnarray*}をそれぞれ計算せよ。

それぞれ書き下してみると発見できます。\begin{eqnarray*}P &=&\lim_{n\to\infty}\prod_{k=2}^n \left(1-\frac{1}{k^2}\right) = \lim_{n\to\infty}\prod_{k=2}^n\frac{(k-1)(k+1)}{k^2} \\&=&\lim_{n\to\infty}\frac{1\cdot 3}{2^2}\frac{2\cdot 4}{3^2}\cdots\frac{(n-1)(n+1)}{n^2} \\&=& \lim_{n\to\infty}\frac{n+1}{2n}=\frac{1}{2}\end{eqnarray*}同様に$$Q=\frac{1}{6}\;,\; R=\frac{1}{20}\;,\; Z=\frac{1}{\binom{2m}{m}}$$

例題1.5

\begin{eqnarray*}P := \prod_{n=2}^\infty\frac{n^3-1}{n^3+1}\end{eqnarray*}を計算せよ。

\begin{eqnarray*}P &=& \lim_{n\to\infty}\prod_{k=2}^n \frac{k^3-1}{k^3+1} \\&=& \lim_{n\to\infty}\prod_{k=2}^n \frac{(k-1)}{k+1}\frac{(k+1)^2-(k+1)+1}{k^2-k+1}\\&=& \lim_{n\to\infty}\frac{2(n^2+n+1)}{3n(n+1)}\\&=& \frac{2}{3}\end{eqnarray*}

例題1.6

$|x|<1$ として\begin{eqnarray*}P := \prod_{n=1}^\infty (1+x^{2^n})\end{eqnarray*}を計算せよ。

第3項くらいまでの部分積を試しに計算してみると$$P_n=\frac{1-x^{2^{n+1}}}{1-x^2}$$と予想できる。数学的帰納法でこれが正しいことが証明できる。よって $P=\dfrac{1}{1-x^2}$.

例題1.7

\begin{eqnarray*}P := \prod_{n=1}^\infty \left(1+\frac{1}{n(n+2)}\right)\end{eqnarray*}を計算せよ。

$\prod\frac{(n+1)^2}{n(n+2)}$ となる。書き下して約分しまくって極限は $2$ .

例題1.8

\begin{eqnarray*}P := \prod_{n=1}^\infty \frac{e^{\frac{1}{n}}}{1+\frac{1}{n}}\end{eqnarray*}を計算せよ。

部分積を考えて約分すると$$P=\lim_{n\to\infty}\frac{1}{n+1}e^{H_n} $$ただし $H_n=1+\frac{1}{2}+\cdots+\frac{1}{n}$ は調和数。よって$$P=\lim_{n\to\infty}\frac{n}{n+1}e^{H_n-\ln n}=e^\g$$ここで $\g$ はオイラー・マスケローニ定数

例1.9

$a>0$ とする。$$P:=\prod_{n=1}^\infty a^{\frac{(-1)^n}{n}}$$を求めよ。

$$a^{\sum_{n=1}^\infty \frac{(-1)^n}{n}}$$と表せるが、この級数は $-\ln(1+x)$ のマクローリン展開に $x=1$ として得られる。よって$$P=a^{-\ln 2}$$

例1.10

$a_n\ge 0$ とする。無限積 $\prod(1+a_n)$ が収束するための必要十分条件は、部分積の列 $\{P_n\}$ が有界であることである。

$\{P_n\}$ は単調増加であることより従う。

例1.11

$\displaystyle\prod_{n=1}^\infty n^\frac{1}{n}$ は収束するか。

$$1\cdot2^\frac{1}{2}\cdot 3^\frac{1}{3}\cdots> 1\cdot 2^\frac{1}{2}\cdot 2^\frac{1}{3}\cdot2^\frac{1}{4}\cdots=\prod2^{H_n}$$調和数 $H_n$ は発散するので、左辺も発散する。

次回は級数とも絡めて、やや込み入った無限積の収束について解説します:

【2】無限積と級数の関係と収束性

参考文献

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