完全楕円積分と算術幾何平均・上昇/下降変換

前回はこちら:

楕円積分の導入とその計算方法2(ルジャンドル・ヤコビの標準形)

今回は第1種および第2種完全楕円積分と算術幾何平均の関係からスタートし、それを用いて上昇変換と下降変換を導出します。導関数や級数展開についても紹介。

復習:完全楕円積分

第1種完全楕円積分は\begin{equation}K(k):=\int_0^{\frac{\pi}{2}}\frac{d\t}{\sqrt{1-k^2\sin^2\t}}=\int_0^{1}\frac{du}{\sqrt{(1-u^2)(1-k^2u^2)}}\tag{0a}\end{equation}第2種完全楕円積分は\begin{equation}E(k):=\int_0^{\frac{\pi}{2}}\sqrt{1-k^2\sin^2\t}d\t=\int_0^1\sqrt{\frac{1-k^2u^2}{1-u^2}}du\tag{0b}\end{equation}$k$ を母数といいます。これらについてはこちらをどうぞ。

補母数と補完全楕円積分

$k$ の補母数を $k':=\sqrt{1-k^2}$ で定義します。$k^2+k'^2=1$ が成り立っています。補母数の補母数 $(k')'$ はもとの母数 $k$ になります。このとき\begin{eqnarray}K'(k)&:=&K(k')\tag{0c}\\E'(k)&:=&E(k')\tag{0d}\end{eqnarray}を補完全楕円積分といいます。ここでの $'$ は微分ではないので気をつけてください。微分を表す場合は\begin{equation}\dot{K}(k) := \frac{dK(k)}{dk}\tag{0e}\end{equation}のようにドットで表記することにします。また、引数が $k$ のときはこれを省略することがあります。つまり $K:=K(k)$ , $K':=K'(k)$ という感じ。

算術幾何平均(AGM)

$a_0=a$ , $b_0=b$ として\begin{equation}a_{n+1}=\frac{a_n+b_n}{2}\;,\;b_{n+1}=\sqrt{a_nb_n}\tag{0}\end{equation}なる漸化式を定義します。前者はふつうの平均(算術平均:AM)の、後者は幾何平均(GM)のような式になっています。算術平均と幾何平均を混ぜてつくられたこの漸化式による極限は\begin{equation}M(a,b):=\lim_{n\to\infty}a_n=\lim_{n\to\infty}b_n\tag{1}\end{equation}と表され、算術幾何平均(AGM)とよばれます。(1)の収束性に関する話題がこちらの例9にあります。

AGMには、容易に確認できる次の性質があります。\begin{eqnarray}M(a,b) &=& M(b,a)\tag{2a}\\M(\lambda a,\lambda b) &=& \lambda M(a,b)\tag{2b}\\ M(a,a) &=& a\tag{2c}\\M(a,b) &=& M(a_n,b_n)\tag{2d}\end{eqnarray}(2d)で特に $n=1$ なら\begin{equation}M(a,b)=M\left(\frac{a+b}{2},\sqrt{ab}\right)\tag{2e}\end{equation}

AGMとある楕円積分の関係

\begin{equation}T(a,b) := \frac{2}{\pi}\int_0^\frac{\pi}{2}\frac{d\t}{\sqrt{a^2\cos^2\t+b^2\sin^2\t}}\tag{3}\end{equation}を考えます。$t=b\tan\t$ とすると\begin{equation}T(a,b) =\frac{1}{\pi}\int_{-\infty}^\infty\frac{dt}{\sqrt{(a^2+t^2)(b^2+t^2)}}\tag{4}\end{equation}よって $T(a,b)$ は楕円積分です。さらに $u=\frac{1}{2}(t-\frac{ab}{t})$ と置換します。$t=u\pm \sqrt{u^2+ab}$ です。

$t$$-\infty$$-0$$+0$$+\infty$
$u$$-\infty$$\nearrow$$+\infty$$-\infty$$\nearrow$$+\infty$
2区間に分けられる

整理すると$$T(a,b)=\frac{1}{\pi}\int_{-\infty}^\infty\frac{du}{\sqrt{(u^2+(\frac{a+b}{2})^2)(u^2+ab)}}$$(4)と見比べれば\begin{equation}\therefore\quad T(a,b)=T\left(\frac{a+b}{2},\sqrt{ab}\right)\tag{5}\end{equation}これはAGMの(2d)で $n=1$ としたものと同一の性質です。ここで初等的な積分計算により\begin{equation}T(a,a)=\frac{1}{a}\tag{6}\end{equation}です。(0)の漸化式と、(5)を繰り返し使うことにより$$T(a_0,b_0)=T(a_1,b_1)=T(a_2,b_2)=\cdots =T(a_\infty,b_\infty)=T\bigl(M(a_0,b_0),M(a_0,b_0)\bigr)$$最右辺で(6)を適用して次の定理を得ます。

定理6

$$T(a,b)=\frac{1}{M(a,b)}$$

特に $a=1$ , $b=k$ とすると$$T(1,k)=\frac{2}{\pi}\int_0^\frac{\pi}{2}\frac{d\t}{\sqrt{1-(1-k^2)\sin^2\t}}$$$k$ の補母数 $k':=\sqrt{1-k^2}$ を用いると

系7

$$M(1,k)=\frac{\pi}{2 K(k')}$$

系7は $k>1$ でも成立します。 $k=\sqrt{2}$ なら $k'=i$ で\begin{equation}\int_0^1\frac{dx}{\sqrt{1-x^4}}=\frac{\pi}{2M(1,\sqrt{2})}\tag{7}\end{equation}になります。なお(7)の積分については$$K\left(\frac{1}{\sqrt{2}}\right)=\sqrt{2}\int_0^1\frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(2-x^2)}}=\sqrt{2}\int_0^1\frac{du}{\sqrt{1-u^4}}$$ただし $u^2=\frac{x^2}{2-x^2}$ としました。こちらの「2022/10/5B」で示した\begin{equation}K\left(\frac{1}{\sqrt{2}}\right)=\frac{\G^2(\frac{1}{4})}{4\sqrt{\pi}}\tag{8}\end{equation}を使うことができます。

完全楕円積分の導関数

第2種完全楕円積分(0b)を $k$ で微分します。$$\frac{dE}{dk}=-k\int_0^1\frac{u^2du}{\sqrt{(1-u^2)(1-k^2u^2)}}$$$u^2=\frac{1-k^2u^2}{k^2}-\frac{1}{k^2}$ より$$\frac{dE}{dk}=\frac{E(k)-K(k)}{k}$$となります。

一方、第1種完全楕円積分(0a)を微分すると$$\frac{dK}{dk}=\int_0^1\frac{ku^2du}{(1-k^2u^2)\sqrt{(1-u^2)(1-k^2u^2)}}$$これを使うと$$E(k)-k'^2K(k)-kk'^2\frac{dK}{dk}=k^2\int_0^1\frac{(k^2u^4-2u^2+1)du}{(1-k^2u^2)\sqrt{(1-u^2)(1-k^2u^2)}}$$となりますが、ここにおいて$$\frac{d}{du}\left(\frac{u-u^3}{\sqrt{(1-u^2)(1-k^2u^2)}}\right)=\frac{k^2u^4-2u^2+1}{(1-k^2u^2)\sqrt{(1-u^2)(1-k^2u^2)}}$$であることから$$E(k)-k'^2K(k)-kk'^2\frac{dK}{dk}=0$$です。以上より

定理8

\begin{eqnarray*}\dot{E}&=&\frac{E-K}{k}\\\dot{K}&=&\frac{E-k'^2K}{kk'^2}\end{eqnarray*}

完全楕円積分の級数展開

$K,E$ の展開について具体的な計算はこちらを参考にしてください。超幾何級数で表せます。\begin{eqnarray*}K(k) &=& \frac{\pi}{2}F\left(\begin{matrix}\frac{1}{2},\frac{1}{2}\\1\end{matrix};k^2\right)\\E(k) &=& \frac{\pi}{2}F\left(\begin{matrix}-\frac{1}{2},\frac{1}{2}\\1\end{matrix};k^2\right)\end{eqnarray*}よって\begin{eqnarray}K'(k) &=& \frac{\pi}{2}F\left(\begin{matrix}\frac{1}{2},\frac{1}{2}\\1\end{matrix};1-k^2\right)\tag{9a}\\E'(k) &=& \frac{\pi}{2}F\left(\begin{matrix}-\frac{1}{2},\frac{1}{2}\\1\end{matrix};1-k^2\right)\tag{9b}\end{eqnarray}(9a)ではこちらの「2023/4/10」より\begin{equation}F\left(\begin{matrix}\frac{1}{2},\frac{1}{2}\\1\end{matrix};1-k^2\right)=\frac{2}{\pi}\sum_{n=0}^\infty\frac{(\frac{1}{2})_n^2}{n!^2}k^{2n}\left\{\psi(n+1)-\psi\left(n+\frac{1}{2}\right)-\ln k\right\}\tag{10}\end{equation}から展開式を得ます。(9b)についてはここではやりませんが、Borwein[4]などに展開式が書かれています。まとめると

定理9

\begin{eqnarray*}K(k) &=& \frac{\pi}{2}F\left(\begin{matrix}\frac{1}{2},\frac{1}{2}\\1\end{matrix};k^2\right)\\E(k) &=& \frac{\pi}{2}F\left(\begin{matrix}-\frac{1}{2},\frac{1}{2}\\1\end{matrix};k^2\right)\\K'(k) &=& \sum_{n=0}^\infty\frac{(\frac{1}{2})_n^2}{n!^2}k^{2n}\left\{\psi(n+1)-\psi\left(n+\frac{1}{2}\right)-\ln k\right\}\end{eqnarray*}

上昇変換と下降変換

準備として以下の補題を確認しておきます。補母数の定義より明らかです。

補題10

母数 $\dfrac{2\sqrt{k}}{1+k}$ に対する補母数は $\dfrac{1-k}{1+k}$ である。

第1種完全楕円積分の変換

系7の $k$ に $k'$ を代入すると\begin{equation}K(k)=\frac{\pi}{2M(1,\sqrt{1-k^2})}\tag{11}\end{equation}一方で系7と補題10より\begin{eqnarray*}K\left(\frac{2\sqrt{k}}{1+k}\right) &=& \frac{\pi}{2M(1,\frac{1-k}{1+k})} \\&=& \frac{\pi(1+k)}{2}\frac{1}{M(1+k,1-k)}\quad(\because(2b))\\ &=&\frac{\pi(1+k)}{2}\frac{1}{M(1,\sqrt{1-k^2})}\quad(\because(2e)) \\&=&(1+k)K(k) \end{eqnarray*}また\begin{eqnarray*}K\left(\frac{1-k'}{1+k'}\right) &=&\frac{\pi}{2M(1,\frac{2\sqrt{k'}}{1+k'})} \\&=& \frac{\pi(1+k')}{2}\frac{1}{2M(\frac{1+k'}{2},\sqrt{k'})}\quad(\because(2b))\\ &=& \frac{\pi(1+k')}{2}\frac{1}{2M(1,k')}\quad(\because(2e))\\&=&\frac{1+k'}{2}K(k) \end{eqnarray*}よって\begin{eqnarray}K(k) &=& \frac{1}{1+k}K\left(\frac{2\sqrt{k}}{1+k}\right)\tag{12a}\\K(k) &=&\frac{2}{1+k'}K\left(\frac{1-k'}{1+k'}\right)\tag{12b}\end{eqnarray}(12a)は $0<k<1$ において $\frac{2\sqrt{k}}{1+k}>k$ であるため、$k$ より大きな母数の楕円積分が得られるという意味で上昇変換といいます。(12b)は逆に下降変換です。

第2種完全楕円積分の変換

(12a)を微分すると、定理8と補題10を用いることで$$(1+k)\frac{E(k)-k'^2K(k)}{kk'^2}+K(k) = \frac{E(\frac{2\sqrt{k}}{1+k})-(\frac{1-k}{1+k})^2K(\frac{2\sqrt{k}}{1+k})}{\frac{2\sqrt{k}}{1+k}(\frac{1-k}{1+k})^2}\cdot\frac{1-k}{\sqrt{k}(1+k)^2}$$これを一所懸命に計算すると $E(k)$ の上昇変換の式を得ます。同様に下降変換も導出できます。すなわち\begin{eqnarray}E(k) &=& \frac{1+k}{2}E\left(\frac{2\sqrt{k}}{1+k}\right)+\frac{k'^2}{2}K(k)\tag{13a}\\E(k) &=&(1+k')E\left(\frac{1-k'}{1+k'}\right)-k'K(k)\tag{13b}\end{eqnarray}

補完全楕円積分の変換

(12b)の $k$ に $k'$ を代入すると$$K'(k) = \frac{2}{1+k}K\left(\frac{1-k}{1+k}\right)$$補題10より$$K'(k) = \frac{2}{1+k}K'\left(\dfrac{2\sqrt{k}}{1+k}\right)$$これは $K'$ に関する上昇変換となっています。同様に(12a)(13a)(13b)の $k$ に $k'$ を代入すると残りの変換を得ます。すべてまとめると次のようになります。

定理11

\begin{eqnarray}K(k) &=& \frac{1}{1+k}K\left(\frac{2\sqrt{k}}{1+k}\right)\tag{a}\\K(k) &=&\frac{2}{1+k'}K\left(\frac{1-k'}{1+k'}\right)\tag{b}\\E(k) &=& \frac{1+k}{2}E\left(\frac{2\sqrt{k}}{1+k}\right)+\frac{k'^2}{2}K(k)\tag{c}\\E(k) &=&(1+k')E\left(\frac{1-k'}{1+k'}\right)-k'K(k)\tag{d}\\K'(k) &=& \frac{2}{1+k}K'\left(\dfrac{2\sqrt{k}}{1+k}\right)\tag{e}\\K'(k) &=& \frac{1}{1+k'}K'\left(\frac{1-k'}{1+k'}\right)\tag{f}\\E'(k) &=& (1+k)E'\left(\frac{2\sqrt{k}}{1+k}\right)-kK'(k)\tag{g}\\E'(k) &=&\frac{1+k'}{2}E'\left(\frac{1-k'}{1+k'}\right)+\frac{k^2}{2}K'(k)\tag{h}\end{eqnarray}

定理11を使うと

系12

\begin{eqnarray}\frac{K'(k)}{K(k)}&=&2\frac{K'(\frac{2\sqrt{k}}{1+k})}{K(\frac{2\sqrt{k}}{1+k})}\tag{a}\\\frac{K'(k)}{K(k)}&=&\frac{1}{2}\frac{K'(\frac{1-k'}{1+k'})}{K(\frac{1-k'}{1+k'})}\tag{b}\end{eqnarray}

次はこちら:

楕円積分がみたす微分方程式とルジャンドルの関係式・singular value

参考文献

[1] 武部尚志. (2019). 楕円積分と楕円関数 おとぎの国の歩き方. 日本評論社.楽天はココ

楕円積分・楕円関数のことが平易に書かれています。本記事の構成は本書に沿っています。

[2] 藤原松三郎『数学解析第一編 微分積分学 第1巻』(2016) 楽天はココ

解析学の基本は全部載っていて、積分計算、極限計算の方法が網羅されています。

[3] Whittaker, E. T., & Watson, G. N. (2021). A course of modern analysis. Cambridge University Press.

第5版です。いわずと知れた名著。

[4] Borwein,J.M., Borwein,P.B. (1987) "Pi and the AGM : a study in analytic number theory and computational complexity"
楕円積分に関する定理がいろいろあります。

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