楕円積分がみたす微分方程式とルジャンドルの関係式・singular value

今回は第1種完全楕円積分と第2種完全楕円積分が満たすルジャンドルの関係式を導出します。その際、これらの楕円積分が満たす微分方程式を利用します。またsingular valueについても解説。
前回はこちら:

完全楕円積分と算術幾何平均・上昇/下降変換

KとK'が満たす微分方程式

第1種完全楕円積分 $K$ とその補楕円積分 $K'$ は次の微分方程式を満たします。

定理13

$K$ および $K'$ は次の微分方程式の解である。\begin{equation}\frac{d}{dk}\left(kk'^2\frac{dy}{dk}\right)-ky=0\tag{1}\end{equation}$E$ および $E'-K'$ は次の微分方程式の解である。\begin{equation}k'^2\frac{d}{dk}\left(k\frac{dy}{dk}\right)+ky=0\tag{2}\end{equation}

前回の定理9などを利用して確認することができます。今回は(1)のみ使用します。(1)は\begin{equation}(k^3-k)\frac{d^2y}{dk^2}+(3k^2-1)\frac{dy}{dk}+ky=0\tag{3}\end{equation}とも書けます。さらに変形すれば\begin{equation}\frac{d^2y}{dk^2}+\left(\frac{1}{k}+\frac{1}{k-1}+\frac{1}{k+1}\right)\frac{dy}{dk}+k\frac{y}{k(k-1)(k+1)}=0\tag{4}\end{equation}であるから、過去記事より確定特異点 $0,\pm1,\infty$ のフックス型微分方程式といえます

(3)で $z:=k^{1/2}k'y$ とおくと $y=\frac{z}{\sqrt{k-k^3}}$ ですから$$\frac{dy}{dk}=\frac{1}{\sqrt{k-k^3}}\frac{dz}{dk}+\frac{3k^2-1}{2(k-k^3)^{3/2}}z$$$$\frac{d^2y}{dk^2}=\frac{1}{\sqrt{k-k^3}}\frac{d^2z}{dk^2}+\frac{3k^2-1}{(k-k^3)^{3/2}}\frac{dz}{dk}+\frac{15k^4-6k^2+3}{4(k-k^3)^{5/2}}z$$(3)に代入すると\begin{equation}\frac{d^2z}{dk^2}+\frac{1}{4k^2}\left(\frac{1+k^2}{1-k^2}\right)^2z=0\tag{5}\end{equation}となって1次導関数が消去されます。(5)は\begin{equation}G(k):=k^{1/2}k'K(k)\;,\;G^*(k):=k^{1/2}k'K'(k)\tag{6}\end{equation}なる $G,G^*$ が満たす微分方程式となります。なお $z:=k^{1/2}k'y$ という変換は決して天下り的なものではなく、こちらの理論から容易に思いいたるものです。

(5)(6)より$$\ddot{G}=-\frac{1}{4k^2}\left(\frac{1+k^2}{1-k^2}\right)^2G\;\;,\;\;\ddot{G^*}=-\frac{1}{4k^2}\left(\frac{1+k^2}{1-k^2}\right)^2G^*$$ですから$$\ddot{G}G^*-G\ddot{G^*}=0$$少し技巧的ですが、$$\ddot{G}G^*+\dot{G}\dot{G^*}-\left(G\ddot{G^*}+\dot{G}\dot{G^*}\right)=0$$と書いておいて、積分することにより\begin{equation}\dot{G}G^*-G\dot{G^*}=c\tag{7}\end{equation}ただし $c$ は定数です。

ルジャンドルの関係式

(6)から\begin{eqnarray*}\dot{G} &=& \sqrt{k-k^3}\dot{K}+\frac{1-3k^2}{2\sqrt{k-k^3}}K\\\dot{G^*} &=& \sqrt{k-k^3}\dot{K'}+\frac{1-3k^2}{2\sqrt{k-k^3}}K'\end{eqnarray*}これを(7)に用いると\begin{equation}k(1-k^2)(\dot{K}K'-K\dot{K'})=c\tag{8}\end{equation}定理8より\begin{eqnarray*}\dot{K} &=& \frac{E-(1-k^2)K}{k(1-k^2)}\\ \dot{K'} &=& \frac{dK(k')}{dk'}\frac{dk'}{dk}=-\frac{E'-k^2K'}{k(1-k^2)}\end{eqnarray*}なので、(8)に用いれば\begin{equation}EK'+E'K-KK'=c\tag{9}\end{equation}これの $k\to+0$ の極限を考えたいのですが、まず定理9より $K(0)=\pi/2$ および$$E'(0)=\frac{\pi}{2}F\left(\begin{matrix}-\frac{1}{2},\frac{1}{2}\\1\end{matrix};1\right)$$超幾何定理から\begin{equation}E'(0)=1\tag{10}\end{equation}なので$$\lim_{k\to+0}(EK'-KK')=c-\frac{\pi}{2}$$定理9より\begin{eqnarray*}K &=& \frac{\pi}{2}+O(k^2)\\E &=&\frac{\pi}{2}+O(k^2)\\K' &=& 2\ln2-\ln k+O(k^2)\end{eqnarray*}と書けるため、$$\lim_{k\to+0}(EK'-KK')=0$$$$\therefore\quad c=\frac{\pi}{2}$$(9)に適用することで次の定理が得られます。

定理14 ルジャンドルの関係式

$$EK'+E'K-KK'=\frac{\pi}{2}$$

singular valueへの扉

\begin{equation}\frac{K'(k_N)}{K(k_N)}=\sqrt{N}\tag{11}\end{equation}のように書ける母数 $k_N$ をsingular valueといいます。

1,2番目のsingular value

$k_1:=\frac{1}{\sqrt{2}}$ とします。このとき $k_1'=k_1$ ですので$$\frac{K'(k_1)}{K(k_1)}=1$$となります。ちなみにこちらの「2022/10/5 B」で示したように、具体的な値は$$K(k_1)=\frac{\G^2(\frac{1}{4})}{4\sqrt{\pi}}$$です。

次に $k_2:=\sqrt{2}-1$ とします。定理11の(a)で $k=k_2$ とすると$$K(k_2)=\frac{1}{\sqrt{2}}K\left(\sqrt{2}\sqrt{\sqrt{2}-1}\right)$$ここで $k_2'=\sqrt{2}\sqrt{\sqrt{2}-1}$ なので$$\frac{K'(k_2)}{K(k_2)}=\sqrt{2}$$になります。ちなみに具体的な値は$$K(k_2)=\frac{\sqrt{\sqrt{2}+1}\G(\frac{1}{8})\G(\frac{3}{8})}{2^\frac{13}{4}\sqrt{\pi}}$$となります。

3番目のsingular value

$f(x):=(a^2-x^2)(x^2+b^2)$ で $a>0$ とします。このとき$$A_0=-1\;,\;A_1=a\;,\;A_2=-\frac{5a^2+b^2}{6}\;,\;A_3=\frac{a(a^2+b^2)}{2}$$とおくと$$f(x)=A_0(x+a)^4+4A_1(x+a)^3+6A_2(x+a)^2+4A_3(x+a)$$いま、$$I:=\int_{-a}^a \frac{dx}{\sqrt{(a^2-x^2)(x^2+b^2)}}$$なる楕円積分を考えます。$\tau=\frac{1}{x+a}$ と置換すると$$I=\int_{\frac{1}{2a}}^\infty\frac{d\tau}{\sqrt{4A_3\tau^3+6A_2\tau^2+4A_1\tau+A_0}}$$$\tau=\frac{1}{A_3}(s-\frac{A_2}{2})$ とすると、根号内の2次の項が消えて$$I=\int_{\frac{b^2-a^2}{6}}^\infty\frac{ds}{\sqrt{4s^3+(4A_1A_3-3A_2^2)s+A_3^2A_0-2A_1A_2A_3+A_2^3}}$$$A_0,A_2,A_2,A_3$ を $a,b$ の式に戻すと$$I=\int_{\frac{b^2-a^2}{6}}^\infty\frac{ds}{\sqrt{4s^3-\frac{a^4+b^4-14a^2b^2}{12}s+\frac{a^6+33a^4b^2-33a^2b^4-b^6}{216}}}$$というわけで次が成立します。

補題15

$$\int_{-a}^a \frac{dx}{\sqrt{(a^2-x^2)(x^2+b^2)}}=\int_{e_1}^\infty\frac{ds}{\sqrt{4s^3-g_2s-g_3}}$$ただし$$g_2:=\frac{(a^2-b^2)^2}{12}-a^2b^2\;,\;\; g_3:=-\frac{a^2-b^2}{216}\{(a^2-b^2)^2+36a^2b^2\}$$$$e_1:=\frac{b^2-a^2}{6}$$

なお $e_1$ は $4s^3-g_2s-g_3$ の実根です。

特に $g_2=0$ とすると、\begin{equation}b^2=(7\pm 4\sqrt{3})a^2\tag{12}\end{equation}であり、\begin{eqnarray}a^2+b^2&=&2\sqrt{3}|2g_3|^\frac{1}{3}\tag{13a}\\a^2-b^2&=&-3(2g_3)^\frac{1}{3}\tag{13b}\\e_1 &=& \frac{1}{2}(2g_3)^\frac{1}{3}\tag{13c}\end{eqnarray}ただし $(\quad)^\frac{1}{3}$ は中身が負なら負をとります。

これらを満たすとき、補題15は$$\int_{-a}^a \frac{dx}{\sqrt{(a^2-x^2)(x^2+b^2)}}=\int_{e_1}^\infty\frac{ds}{\sqrt{4s^3-g_3}}$$と書かれます。いま $b>a$ と仮定します。(12)は\begin{equation}b^2=(7+ 4\sqrt{3})a^2\tag{14}\end{equation}であり $g_3>0$ です。$s=\frac{x}{2}\sqrt[3]{2g_3}$ と置換すると\begin{equation}I=\frac{1}{2^\frac{2}{3}g_3^\frac{1}{6}}\int_1^\infty\frac{dx}{\sqrt{x^3-1}}\tag{15}\end{equation}(14)(13a)により $g_3$ を $a$ で表すことができて

一方で\begin{eqnarray*} I &=& 2\int_{0}^a \frac{dx}{\sqrt{(a^2-x^2)(x^2+b^2)}}\\&=&2\int_{0}^1 \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(a^2x^2+b^2)}}\\ &=& \frac{2}{\sqrt{a^2+b^2}}\int_{0}^1 \frac{dx}{\sqrt{(1-x^2)(k^2x^2+k'^2)}}\end{eqnarray*}ここで $k:=\frac{a}{\sqrt{a^2+b^2}}$ です。続けて $y=\sqrt{1-x^2}$ なる置換により$$I=\frac{2}{\sqrt{a^2+b^2}}\int_{0}^1 \frac{dy}{\sqrt{(1-y^2)(1-k^2y^2)}}$$となります。よって $I$ は第1種完全楕円積分 $K$ で書けます。

補題16

$$\int_{-a}^a \frac{dx}{\sqrt{(a^2-x^2)(x^2+b^2)}}=\frac{2}{\sqrt{a^2+b^2}}K\left(\frac{a}{\sqrt{a^2+b^2}}\right)$$

補題16に(12)を課すと、(15)と等しいですから\begin{equation}\frac{1}{2^\frac{2}{3}g_3^\frac{1}{6}}\int_1^\infty\frac{dx}{\sqrt{x^3-1}}=\frac{2}{\sqrt{a^2+b^2}}K\left(\frac{\sqrt{6}-\sqrt{2}}{4}\right)\tag{16}\end{equation}

次に $a,b$ を入れ替えた積分$$I^*:=\int_{-b}^b \frac{dx}{\sqrt{(b^2-x^2)(x^2+a^2)}}$$を考えます。ここまでと全く同様にして\begin{equation}I^*=\frac{2}{\sqrt{a^2+b^2}}K\left(\frac{b}{\sqrt{a^2+b^2}}\right)=\frac{2}{\sqrt{a^2+b^2}}K'\left(\frac{a}{\sqrt{a^2+b^2}}\right)\tag{17}\end{equation}であり、一方$$I^*=\frac{1}{2^\frac{2}{3}g_3^\frac{1}{6}}\int_{-1}^\infty\frac{dx}{\sqrt{x^3+1}}=\frac{1}{2^\frac{2}{3}g_3^\frac{1}{6}}\int_{-\infty}^1\frac{dx}{\sqrt{1-x^3}}$$となるので、(17)と合わせて\begin{equation}\frac{1}{2^\frac{2}{3}g_3^\frac{1}{6}}\int_{-\infty}^1\frac{dx}{\sqrt{1-x^3}}=\frac{2}{\sqrt{a^2+b^2}}K'\left(\frac{\sqrt{6}-\sqrt{2}}{4}\right)\tag{18}\end{equation}過去記事の「2023/10/1」より\begin{equation}\int_{-\infty}^1(1-x^3)^{-\frac{1}{2}}dx=\sqrt{3}\int_1^\infty(x^3-1)^{-\frac{1}{2}}dx\tag{19}\end{equation}でしたから、(16)(18)(19)あわせて

定理17 the third singular value

$$\frac{K'(k_3)}{K(k_3)}=\sqrt{3}\quad,\quad k_3=\frac{\sqrt{6}-\sqrt{2}}{4}$$

なお楕円積分の具体値はというと、$$g_3=\frac{(\sqrt{3}+1)^6a^6}{2\sqrt{27}}$$なので(16)は\begin{eqnarray*}K(k_3) &=& \frac{3^{1/4}}{2}\int_1^\infty\frac{dx}{\sqrt{x^3-1}}\\ &=& \frac{3^{1/4}}{2}\int_0^1\frac{dx}{\sqrt{x^4-x}}\quad(x\to1/x)\\&=&\frac{1}{2\cdot 3^{3/4}}\int_0^1 u^{-5/6}(1-u)^{-1/2}\quad(x^3=u)\end{eqnarray*}ベータ関数が現れました。これを計算すると

定理18

$$K(k_3)=\frac{3^{\frac{1}{4}}\G(\frac{1}{3})^3}{2^\frac{7}{3}\pi}$$

定理18を応用する記事は、ここにあります。

今日はここまで。次回は:

ヤコビの楕円関数(定義・導関数・加法定理)

参考文献

[1] 武部尚志. (2019). 楕円積分と楕円関数 おとぎの国の歩き方. 日本評論社.楽天はココ

楕円積分・楕円関数のことが平易に書かれています。本記事の構成は本書に沿っています。

[2] 藤原松三郎『数学解析第一編 微分積分学 第1巻』(2016) 楽天はココ

解析学の基本は全部載っていて、積分計算、極限計算の方法が網羅されています。

[3] Whittaker, E. T., & Watson, G. N. (2021). A course of modern analysis. Cambridge University Press.

第5版です。いわずと知れた名著。

[4] Borwein,J.M., Borwein,P.B. (1987) "Pi and the AGM : a study in analytic number theory and computational complexity"
楕円積分に関する定理がいろいろあります。

[5] Abel, N.H.,(1828) "Recherches sur les fonctions elliptiques.." Journal für die reine und angewandte Mathematik 3: 160-190.

このあたりの話があるようですが、言語の壁が...。

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