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無限積の理論シリーズ第13回。ゼータ関数の無限積表示を手掛かりに、完全乗法的関数を用いて一般化し、素数が無限積と級数をつなぐ役割を果たすことを見ていきます。
本シリーズではすでに、無限積の収束性が、対応する級数の収束性と深く関係していることを見ました。しかし、収束先の値がどう関係しているかは議論していません。例えば\begin{equation}z\prod_{n=1}^\infty \left(1-\frac{z^2}{n^2\pi^2}\right)=\sum_{n=0}^\infty\frac{(-1)^{n}}{(2n+1)!}z^{2n+1}\tag{1}\end{equation}は両辺とも $\sin z$ の表示であるため一致します。しかし $\sin z$ の表示を知らなければ、(1)の等式が成立することは分かりにくいです。実際に部分和とか部分積の計算をして導くのも困難に思えます。無限積を級数に直す、あるいはその逆をすることはできるのでしょうか。
ここで有名な等式を紹介しましょう:\begin{equation}\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{n^s}=\prod_{n=1}^\infty\left(1-\frac{1}{p_n^{s}}\right)^{-1}\quad(s>1)\tag{2}\end{equation}$p_n$ は $n$ 番目の素数です。こちらでも証明済みです。この等式は「無限積=級数」の形をしています。左右を見比べて、この等式が直感的に成り立つとは(私には)思えません。なんで素数が出てくるのでしょう?何か面白い理論が背景にありそうですね。
(2)は一般化することができます。ある条件を満たす関数 $f$ を用いて\begin{equation}\sum_{n=1}^\infty f(n)=\prod_{n=1}^\infty\left(1-f(p_n)\right)^{-1}\tag{3}\end{equation}つまり素数を介して無限積と級数を結ぶ等式ができるのです。今回はこのあたりを詳しく解説します。
ここでは素数は自然数の範囲だけで考えます。すべての素数の集合を\begin{equation}\mathcal{P}:=\{2,3,5,7,11,\cdots,p_n,\cdots\}\tag{4}\end{equation}ここで $p_n$ は $n$ 番目の素数です。素数でない自然数を合成数とよびます($1$ は除く)。
いま$$\prod_{p\in\mathcal{P}}\left(1-\frac{1}{p^s}\right)^{-1}$$なる無限積を考えます。$$\left(1-\frac{1}{p^s}\right)^{-1}=1+\frac{1}{p^s-1}$$なので定理2.1より、この無限積が収束することと $\sum_{p\in\mathcal{P}}\frac{1}{p^s-1}$ が収束することは同値です。極限比較判定法により $\sum_{p\in\mathcal{P}}\frac{1}{p^s}$ が収束することとも同値です。よって
$$\prod_{p\in\mathcal{P}}\left(1-\frac{1}{p^s}\right)^{-1}\;,\quad\sum_{p\in\mathcal{P}}\frac{1}{p^s}$$の2つは、共に収束するか、共に発散する。
$s>1$ のときはラーベの収束判定法によって $\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{n^s}$ が収束するので、補題の級数は収束します。$s=1$ のときは発散することが示せます(後述)ので、$s\le1$ で発散となります。
$x\in\RR_{\ge2}$ , $m\in\NN$ として\begin{equation}G(x,m):=\prod_{p\le x}\sum_{n=0}^m\frac{1}{p^n}\tag{5}\end{equation}を定義します。「$p\le x$」は $x$ 以下のすべての素数を表します。例えば\begin{eqnarray*}G(4,1) &=& \prod_{p=2,3}\sum_{n=0}^1\frac{1}{p^n}\\ &=&\left(1+\frac{1}{2}\right)\left(1+\frac{1}{3}\right)\\&=& \sum_{n\in\mathcal{K}_1}\frac{1}{n}\\G(6,2) &=& \prod_{p=2,3,5}\sum_{n=0}^2\frac{1}{p^n}\\ &=&\left(1+\frac{1}{2}+\frac{1}{2^2}\right)\left(1+\frac{1}{3}+\frac{1}{3^2}\right)\left(1+\frac{1}{5}+\frac{1}{5^2}\right)\\&=& \sum_{n\in\mathcal{K}_2}\frac{1}{n}\end{eqnarray*}ここで $\mathcal{K}_1$ , $\mathcal{K}_2$ は $\NN$ の部分集合で、\begin{eqnarray*}\mathcal{K}_1&=& \{1,2,3,6\}\\\mathcal{K}_2&=&\{1,2,3,4,5,6,9,10,12,15,18,20,25,30,36,45,\cdots,450,900\}\end{eqnarray*}です。このように $G(x,m)$ は $\sum\frac{1}{n}$ の $n$ をある範囲で足し上げたものとして表すことができます。これを一般化すれば、
$$G(x,m)=\sum_{n\in\mathcal{K}}\frac{1}{n}$$ただし $x$ 以下の素数を $p_1,p_2,\cdots,p_N$ としたとき、非負整数 $n_1,n_2,\cdots,n_N$ を用いて$$\mathcal{K}=\left\{p_1^{n_1}p_2^{n_2}\cdots p_N^{n_N}\left|0\le n_i\le m\right.\right\}$$と定める。
が成り立ちます。この $\mathcal{K}$ なる集合はどの程度「つまっている」でしょう。上の $\mathcal{K}_1$ には3以下の自然数がすべて入っています。$\mathcal{K}_2$ には6以下の自然数がすべて入っています。そして双方とも、集合内の大きい数になってくると、「まばら」になっていきます。
そこで $\mathcal{K}$ に $x$ 以下の自然数をすべて含ませることはできないか考えます。$G(4,1)$ はこれを満たしませんが $G(4,2)$ や $G(4,3)$ はこれを満たします。つまり $m$ が十分大きければよいです。
$x$ を固定して $2^{m+1}>x$ としましょう。このとき $\mathcal{K}$ に含まれない自然数 $M\le x$ が存在するとします。$\mathcal{K}$ に含まれないので$$M=p_1^{m_1}p_2^{m_2}\cdots p_N^{m_N}$$と書いたときに $m_i>m$ なる $i$ が存在します。明らかに $M\ge p_i^{m_i}$ であること、素数は2以上であることから$$M\ge p_i^{m_i}\ge2^{m_i}\ge 2^{m+1}>x$$となって矛盾です。したがって次のようになります。
$2^{m+1}>x$ のとき、$x$ 以下の自然数はすべて $\mathcal{K}$ に含まれる。
ここまでを踏まえると次の定理が導かれます。
$$\prod_{p\in\mathcal{P}}\left(1-\frac{1}{p}\right)^{-1}\;,\quad\sum_{p\in\mathcal{P}}\frac{1}{p}$$の2つは、共に発散する。
【証明】部分積を$$P(x):=\prod_{p\le x}\left(1-\frac{1}{p}\right)^{-1}$$とする。ここで任意の素数 $p$ と任意の自然数 $m$ について$$\left(1-\frac{1}{p}\right)^{-1}=\sum_{n=0}^\infty\frac{1}{p^n}>\sum_{n=0}^m\frac{1}{p^n}$$となるが、積をとると$$P(x)>\prod_{p\le x}\sum_{n=0}^m\frac{1}{p^n}=G(x,m)$$$m$ は任意ですので $2^{m+1}>x$ ととれる。このとき補題13.3より$$P(x)>G(x,m)>\sum_{n=1}^{\lfloor x\rfloor}\frac{1}{n}\ge \int_1^x\frac{du}{u}=\ln x$$したがって $x\to+\infty$ で $P(x)$ は発散し、補題13.1より問題の級数も発散する。
つまり素数の逆数和は発散するということです。
補題13.1と13.4、および(2)は $s>1$ で収束することから、
$$\prod_{p\in\mathcal{P}}\left(1-\frac{1}{p^s}\right)^{-1}\;,\quad\sum_{p\in\mathcal{P}}\frac{1}{p^s}$$の2つは、$s\le1$ で共に発散し、$s>1$ で共に収束する。
となります。
定理13.4の証明過程にある不等式より\begin{equation}P(x)>\ln x\tag{6}\end{equation}が成り立ちます。よって $P(x)$ は $\ln x$ 以上の速さで増加します。一方、素数の逆数和の部分和を$$S(x):=\sum_{p\le x}\frac{1}{p}$$とすると、 $x\ge 2$ で\begin{eqnarray*}\ln P(x)-S(x) &=& \sum_{p\le x}\left\{-\ln\left(1-\frac{1}{p}\right)-\frac{1}{p}\right\} \\&=& \sum_{p\le x}\sum_{n=2}^\infty\frac{1}{np^n}\\&<&\sum_{p\le x}\sum_{n=2}^\infty\frac{1}{2p^n}\\&=&\frac{1}{2}\sum_{p\le x}\frac{1}{p(p-1)}\\&<&\frac{1}{2}\sum_{n=2}^\infty\frac{1}{n(n-1)}\\&=&\frac{1}{2}\end{eqnarray*}(6)も併せて\begin{equation}S(x)>\ln\ln x-\frac{1}{2}\tag{7}\end{equation}のように、素数の逆数和を下からおさえることができます。(6)(7)のより精密な式で分かりやすいものとして「メルテンスの定理」があります。
$m,n\in\NN$ に対し、恒等的に0でない関数 $f$ が$$f(mn)=f(m)f(n)$$を満たすとき、完全乗法的関数(completely multiplicative function)という。
この関数を用いて(2)を次のように一般化できます。
完全乗法的関数 $f$ について、$\sum_{n=1}^\infty f(n)$ が絶対収束するならば\begin{equation}\sum_{n=1}^\infty f(n)=\prod_{n=1}^\infty\frac{1}{1-f(p_n)}\tag{8}\end{equation}が成立し、右辺の無限積は絶対収束する。ただし $p_n$ は $n$ 番目の素数である。
【証明】ある自然数 $n_0$ が存在して $|f(n_0)|\ge1$ とすると$$|f(n_0^{~k})|=|f(n_0)|^k\ge 1$$であり、$k$ を任意に大きくとれば、定理の仮定から現れる条件 $|f(n)|\to0$ に矛盾する。よって\begin{equation}\forall n\in\NN\;,\quad |f(n)|<1\tag{9}\end{equation}
また仮定より任意の異なる2つの素数 $p,p'$ について $\sum_{n=0}^\infty f(p^n)$ , $\sum_{n=0}^\infty f(p'^n)$ は絶対収束する。コーシー積をとれば $$\sum_{n=0}^\infty f(p^n)\sum_{n=0}^\infty f(p'^n)=\sum_{m=0}^\infty\sum_{n=0}^mf(p^n)f(p'^{m-n})=\sum_{m=0}^\infty\sum_{n=0}^mf(p^np'^{m-n})$$も絶対収束する。集合 $\mathcal{A}\subset\NN$ を用いて$$=\sum_{n\in\mathcal{A}}f(n)$$ただし$$\mathcal{A}:=\{p^{m_1}p'^{m_2}|p,p'\in\mathcal{P}\;,\;p\neq p'\;,\;m_1,m_2\in\ZZ_{\ge 0}\}$$である($\mathcal{K}$ に類する)。
いま、$x\ge 1$ において$$F(x):=\prod_{p\le x}\sum_{n=0}^\infty f(p^n)$$と定義する(これは $G(x,m)$ の一般化である)。これは$$=\left(\sum_{n=0}^\infty f(2^n)\right)\left(\sum_{n=0}^\infty f(3^n)\right)\cdots\left(\sum_{n=0}^\infty f(p_N^n)\right)$$と書ける。コーシー積が絶対収束することから、順序を気にせず展開して書き出してみると$$F(x)=\sum_{n\in\mathcal{J}} f(n)$$と分かる。ただし $\mathcal{J}\subset\NN$ は、$x$ より大きい素数を因数としてもたない自然数の集合である。$G:=\sum_{n=1}^\infty f(n)$ と定義すれば$$F(x)-G=-\sum_{n\in\NN\setminus\mathcal{J}}f(n)$$であり、$n\in\NN\setminus\mathcal{J}$ は $x$ より大きい素数を因数としてもつため $n>x$ である。したがって$$|F(x)-G|\le\sum_{n\in\NN\setminus\mathcal{J}}|f(n)|\le\sum_{n>x}|f(n)|$$$$\therefore\quad F(x)\xrightarrow[x\to+\infty]{} G$$よって\begin{eqnarray*}\sum_{n=1}^\infty f(n) &=& \lim_{x\to\infty}F(x) \\&=& \prod_{m=1}^\infty\sum_{n=0}^\infty f(p_m^{~n}) \\&=& \prod_{m=1}^\infty\sum_{n=0}^\infty f(p_m)^n \\&=& \prod_{m=1}^\infty\frac{1}{1-f(p_m)}\quad(\because(9))\end{eqnarray*}また、この右辺は$$\prod_{m=1}^\infty\left\{1+\sum_{n=1}^\infty f(p_m^{~n})\right\}$$と書けるが、これについては$$\sum_{m=1}^\infty\left|\sum_{n=1}^\infty f(p_m^{~n})\right|\le\sum_{k=1}^\infty|f(k)|<+\infty$$から定理3.6より絶対収束する。
【証明終】
$f(n)=n^{-s}$ とすれば(2)を得ることが確認できます。この定理13.7は、素数を介して無限積と級数が等式で結ばれています。ただ、定理の条件を満たす $f$ ってほかにあるのでしょうか?
あくまで無限積に主眼を置いた記事なので、数論に必要以上に踏み込むことはしませんが、メモ書き程度に書いておきます。
素数計数関数
$\pi(x)$ を $x$ 以下の素数の個数と定義します。\begin{equation}\pi(x)\sim\frac{x}{\ln x}\quad(x\to+\infty)\tag{10}\end{equation}であることが知られています(素数定理)。
補正対数積分
$$\Li(x):=\int_2^x\frac{du}{\ln u}$$と定義します。多重対数関数とは無関係です。これを部分積分すると$$\Li(x)=\frac{x}{\ln x}-\frac{2}{\ln 2}+\frac{x}{\ln^2 x}-\frac{2}{\ln^22}+O\left(\frac{x}{\ln^2 x}\right)$$\begin{equation}\therefore\quad\Li(x)\sim\frac{x}{\ln x}\quad(x\to+\infty)\tag{11}\end{equation}(10)より $\Li(x)\sim\pi(x)$ です。
フォン・マンゴルト関数
$$\Lambda(n):=\begin{cases}\ln p&\quad(n=p^k)\\0&\quad(\mathrm{else})\end{cases}$$つまり引数が素数の累乗である場合のみ正の値をとるものです。(2)より$$\ln\zeta(s)=-\sum_{p\in\mathcal{P}}\ln(1-p^{-s})=\sum_{p\in\mathcal{P}}\sum_{n=1}^\infty\frac{1}{np^{sn}}$$微分すると$$\frac{\zeta'(s)}{\zeta(s)}=-\sum_{p\in\mathcal{P}}\sum_{n=1}^\infty\frac{\ln p}{p^{sn}}$$ですが、ここで\begin{eqnarray*}\sum_{n=1}^\infty\frac{\Lambda(n)}{n^s} &=& \frac{\ln2}{2^s}+\frac{\ln3}{3^s}+\frac{\ln2}{2^{2s}}+\frac{\ln5}{5^s}+\frac{\ln7}{7^s}+\cdots\\&=&\ln2\left(\frac{1}{2^s}+\frac{1}{2^{2s}}+\cdots\right)+\ln3\left(\frac{1}{3^s}+\frac{1}{3^{2s}}+\cdots\right)+\ln5\left(\cdots\right.\\&=&\sum_{p\in\mathcal{P}}\sum_{n=1}^\infty\frac{\ln p}{p^{ns}}\end{eqnarray*}\begin{equation}\therefore\quad\frac{\zeta'(s)}{\zeta(s)}=-\sum_{n=1}^\infty\frac{\Lambda(n)}{n^s}\tag{12}\end{equation}
チェビシェフ関数
$x>0$ に対し、第1チェビシェフ関数 $\vartheta$ および第2チェビシェフ関数 $\psi$ は$$\vartheta(x):=\sum_{p\le x}\ln p\;,\quad \psi(x):=\sum_{p^m\le x}\ln p $$と定義されます。
書き出してみると\begin{equation}\psi(x)=\sum_{n\le x}\Lambda(n)\tag{13}\end{equation}と分かります。また $x$ に対して $N$ が存在して$$\psi(x)=\sum_{p\le x}\ln p+\sum_{p^2\le x}\ln p+\cdots+\sum_{p^N\le x}\ln p$$と書けるので\begin{equation}\psi(x)=\vartheta(x)+\vartheta(x^{1/2})+\cdots+\vartheta(x^{1/N})\tag{14}\end{equation}ちなみに $N=\lfloor\log_2x\rfloor$ です[3]。
次回は:
無限積だけで1冊の本。入門からスタートするので安心です。第1章で級数のおさらいもあります。
[2] 木内敬. (2020). ビジュアル リーマン予想入門. 技術評論社. 楽天はココ。とても分かりやすいリーマン予想に関する本です。素数・ガンマ関数・ゼータ関数・複素解析等を丁寧に解説しながらリーマン予想へたどり着きます。
[3] Wikipedia contributors. (2022, August 30). チェビシェフ関数. In Wikipedia. Retrieved 06:02, August 15, 2023Please support me!
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